« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月26日 (日)

「学校」とは「授業」である

「教育改革論」あるいは「学校改革」を語ることばは様々だが、全ては「授業論」に尽きる。1日、5,6時間を、ほとんど教室で過ごし、机に向かう子供たちに、授業がつまらない、また耐えられないものであるとすれば、学力を付ける、どころではない、忍耐の局地の、刻々を過ごす為の1時間にしかならないだろう。落語漫才のことばのプロの前ですら15分が限度ではないのか!1時間の授業をどんな風に子どもと過ごすのか?即ち授業論が問はれる筈ではないか!しかし、まずは学校で、もちろん教育の政策の中で、授業論は不問にされる。いっぱいイッパイの授業の中で思いつきの授業しかやりようのない先生、つまらない授業に集中力をかく子どもに、叱るつけるだけの授業、静かにする手は、板書を写し取るのが一番?ものすごい宿題、それに○付けで多忙多忙の休み時間、授業の中にこそ子どもの笑顔が、理解し、納得し、自信を獲得出来た瞬間の子どもらとの先生との共鳴の瞬間生み出せることが一時でもあればそれが授業、、学校ではもうそれらを語る時間場所はない。あるのは教師の格付け評価。大阪では学力テストでのランクを上げるのに「学校論」はもちろん「授業」を語ることはない。知事のその場しのぎを語るべらべら論が一人、横行しているだけではないのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月22日 (水)

無力な学校、先生

橋下知事の声の下、各市町村はほぼ一斉に学力テスト成績を発表、「学力格差への不安を生むだけではないのか?」の疑問は教育委員会からと言うよりむしろ現場の教師の声でもあるはず、なのに、それらはどこからも聞こえては来ない、、。突然に給料を減額されて、今回の修学旅行も食事代は自分払い、隣の学校との成績比べがあって、やがてその分、形式な研究会講習会だけががビッチリ組み込まされそうで、、職場ではもちろん一人一人が指導力ABCランクに分類されて、、それでも日々元気?笑顔? 不当な、納得できない権力への叫びはすでに消え去り、だまって上を見上げて沈黙する教師集団が現状ではないのか。不当な事に向かってしっかり戦えない先生こそが問われなければならないのではないか?かつての組合力はすでにゼロに等しい。一方知事の知恵、学力向上の教育に3億の予算とあるが何と情けない使い道なのか?それに何よりも教師を苦しめてみて何が生れてくるのか?生徒のいない夏休み出勤など出勤簿会わせごまかし合い、教育委員会はそんなこと分かっているのに、上だけを見ていて、、今回も予算とか何とか脅されて、教育への信念など一つも現せずになびいてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »